牛に責任なし2005年07月01日 08:12

 英国での「肉骨粉の逆襲」は厳しかった。英政府の資料によると、1987年以前までは累計で僅か446頭を数えるのみだったBSE牛が、88年にいきなり2,514頭と急増したのに続き、90年までは前年の倍の勢いで増加、92年には37,280頭を数えてピークに達した。英政府は88年に、牛への肉骨粉の給餌を禁止し、95年には全ての家畜にこの禁令を拡大適用した。併せて、消費者対策として1989年11月から解体時に危険部位の除去・焼却の励行を義務づけた。
 英国のBSE牛対策は徐々に効果を現した。BSE牛の発生は93年から減少に転じ、2004年には338頭にまで減った。しかし、同年までの累計は184,141頭にも達した。これは、同じ期間のアイルランドの1,479頭、ポルトガルの950頭、フランスの945頭に比べ、ケタ違いの大量発生だった。因みに、同期間の日本での発生は、輸入肉骨粉によると見られる15頭だけ。2005年に入っての5例を加えても、20頭に留まっている。
 一方、人間へのプリオンの感染も、当然ながら増えた。英国保健省が6月3日に公表した数字によると、BSE牛からのプリオン感染によると考えられている「変異形クロイツフェルト・ヤコブ病=variant CJD=vCJD」 の英国における犠牲者は、1990~94年にはゼロだったのに、1995~1999年に56人、2000~2004年に92人と増えている。
 肉骨粉の禍が、一巡して人間に及んだのだ。高齢者の罹患が多かった従来のCJDと違って、vCJDは若い人に発症して死に導いた。英国で初めてvCJDが確認されたのは1995年。徐々に増えて、2005年4月時点の累計で、英国165人、フランス9人、アイルランド2人、米・加・伊・日・オランダ各1人の命を奪っている。
 犠牲者のうち、英・仏・アイルランド以外の者は、英仏でBSEが大量発生した時期にこれらの国に滞在したり旅したりして牛肉を食べ感染したとみられている。全ての責任は、牛でなく人間にある。(;)

豚は大丈夫か2005年07月04日 08:23

 米農務省は6月29日、米国2例目のBSEと確認された牛が、テキサス州で生まれ育った約12歳であったと発表した。米国で肉骨粉給餌を禁止した1997年以前に感染したわけで、前後して生まれた仲間や、その子孫の追跡調査が今後も続けられるという。この牛は、2004年11月、ダラスの南約100キロのウエィコ(Waco)のペット・フード工場で病牛と判定され、検体を採取されたが、工場の名も、送り出した牧場の名も"名誉に関わる情報=privileged information"として伏せられたままだ。ペット・フード工場といっても、鶏や豚に与えられる乾燥飼料も作っているという。
 となると、犬猫や鶏、豚へのプリオン感染は大丈夫なのかと疑問が湧く。ネコ科への感染は確認されているが、一般に、豚は安全というのが当局の公式見解である。しかし、非常に気になる情報を入手した。
 ワシントンに本拠を置き、政府や企業に説明責任の履行を求め、市民運動や内部告発者(ホイッスルブロワー)の保護と支援に、28年もの活動実績を持つ「政府の説明責任プロジェクト=Government Accountability Project=GAP」の活動記録である。
 GAPが支援していた獣医学博士のマサオ・ドイが、1978年暮れ、ニューヨーク州オルバニーにあったトービン枝肉処理工場(Tobin Packing Plant)で、中西部から送られてきた若い豚に極端に過敏な中枢神経障害を持つものを見つけた。ドイは、15ヵ月に106頭の病豚を調べ、脳組織をジョージア州の農務省東部研究所主任獣医カール・ランハインリヒ(Karl Langheinrich)に送り続けた。
 ランハインリヒは、1979年11月の報告書で「1頭の脳が、羊とミンクの<ウィルス伝染病>スクレイピーと同じ感染病の症状を示している」と書いた。また、スクレイピーとクールー病の海綿状脳症の共通性を発見した獣医病理学の権威ヘドロウも、ドイから送られた検体を調べ、「スクレイピーに似た伝染病の疑いがある」と診断した。
 豚は安全なのか。──権威ある雑誌『American Journal of Epidemiology=米国疫学ジャーナル』に載った1973年の調査報告には、38人のCJD患者のうち14人(36.8%)が脳料理を食べており、うち10人は豚の脳を好んだとある。米国での調査結果だが、見逃せない。(;)

嵐は去ったか2005年07月05日 08:32

 英国保健省(Department of Health)が6月3日に公表した数字によると、BSEに罹った牛を食べてCJDに感染したとみられる同国のvCJD(変異形クロイツフェルト・ヤコブ病)の患者は、1995年の3人から始まって、2003年まで年々2桁の人数が確認されたが、2000年の28人をピークに減少傾向に転じ、2004年は9人と、1桁に納まった。2005年には、すでに2人が確認されているが、1995~2005年の累計は150人となっている。このうち、生存が確認されているvCJDの患者は、僅か5人。死亡率は極めて高い。因みにvCJDの犠牲者は平均で20歳代後半だ。
 このような推移から、専門家の大勢は、英国のvCJDは終息に向かっていると見ている。ところが、2005年3月4日付けの英紙『ガーディアン=Guardian』に、こうした楽観論に水を浴びせる微生物学者の見解が紹介されて、読者にショックを与えた。
 同紙によると、王立ランカスター病院のディーラー(Stephen Dealler)博士は、英国のvCJDが漸減傾向にあることを認めながら、これを「第1波の終息」にすぎないと捉え、1980年代の半ばから後半にかけて、10代の若者がハンバーガーなどに混じっていたBSE汚染肉を食べて感染しているはずで、「第2波の到来」を想定すべきだというのである。
 英政府が、食肉の解体時に危険部位の除去・焼却の励行を義務づけ、市場にBSE汚染肉が出回らなくなったのは1989年11月以降であり、それまでは、汚染肉が大っぴらに流通していた事実と、vCJDの潜伏期の長さから言って、ディーラー博士の見解は、むしろ警告と言うべきものかもしれない。 さらに博士によると、成人のものより腸壁の透過性が高い赤ん坊が、汚染されたベビーフードから感染した場合は、発病まで25年ほどが、潜伏常態になるという。
 また同博士は、40歳代未満に大きく依存している献血が、vCJDの潜在患者によって汚染されることは世界的規模の悪夢であると指摘しており、彼の見解を政府の海綿状脳症審議会に提起するとしている。(;)

畜産の農務省2005年07月06日 08:21

 約9,600万頭の牛が飼われ、ほぼ90万トンの生鮮牛肉を輸出している米国にしては、友邦イギリスを散々な目に遭わせ、世界に混乱と恐怖を広げたBSEに対して、総じて高をくくり過ぎた感が否めない。
 その中で、科学者と消費者団体は警戒的だった。BSEの病原体プリオンの発見者である生物化学者のプリュズィナー博士らは、早くから農務省の姿勢に批判的な見解を打ち出し、肉骨粉を給餌する危険性を指摘していた。
 また、今回、国内2頭目のBSE牛確認のきっかけを作ったのは、農務省のフォン(Phyllis K. Fong)監察官だった。彼女は、シロ・クロ矛盾する判定のままに7ヵ月も眠っていた問題の牛の検体を英国に送って、米国では採用していない「ウエスタン・ブロット法」で検査する手続きを命じた。今、消費者団体などから、その勇気を讃えられている。
 全頭検査を行っている日本に比べ、米国では2003年の暮れに国内第1例のBSE牛が確認された後ですら、1,700頭に1頭の検査だった。それも、英国や日本が採用している、精度の高いウエスタン・ブロット法を採らず、農務省首脳は、米国の流儀を「黄金基準」と呼んで誇ってきた。行政の手ぬるさと驕りが指摘されても仕方ない。
 こうした、科学を軽視した米農務省の驕慢を支えて来たのが、全米肉牛生産者協会(NCBA)など、畜産業界に強く傾斜しているブッシュ政権である。米国政治の特徴とも言えるが、行政組織のトップをことごとく与党の人脈で固めるやり方は、ここにも臆面もなく発揮されている。
 ジョハンズ現長官は酪農家の出身だし、ヴェネマン前長官時代に肉牛生産者業界から送り込まれた2人の長官代理、ランバート(Charles Lambert)とムーア(Dale Moore)の両氏を、そのまま留任させている。農場及び対外農政担当のペン農務次官(J.B.Penn)は、畜産業者を顧客とするコンサルタント会社の出身である。
 こうした顔ぶれからも分かるように、米国は政権と業界が一体で、何としてでも国産牛肉を国の内外に売り込もうと図っている。しかも、彼らにとって最大の海外市場が日本であることを、肝に銘じておくべきだ。(;)

宣伝に助成金2005年07月07日 08:08

 生まれも育ちもテキサスの老牛が、国内第2例のBES牛に認定されたとあって、米国では消費者だけでなく畜産業界も、狼狽と困惑を隠せない。ニューヨーク・タイムズによると、会員25,000を擁する全米肉牛生産者協会(NCBA)のマッケダムズ会長(Jim McAdams)は、思わぬ検査結果が「業界に深刻な懸念を生んでいる。相当な損失を招くだろう」と、苦衷を述べている。
 台湾は、6月初めに米国産牛肉の輸入禁止を解いたが、第2例目の確認の報に、再び米側に禁輸を通告したと、ロイター通信が伝えた。米産牛の禁輸を続けている国・地域は、最新の数字で36のようだが、新しい事態を迎えて、台湾に倣うところも出かねまい。
 一方、日本の大メディアは伝えなかったようだが、ジョハンズ農務長官は、7月からの新会計年度へ向けて、1億4,168万ドル(156億5,100万円)に上る、米国産農・畜・水産物の「海外販売促進助成金」の割当てを発表した=6月21日。
 この助成金は、農務行政の「対外農業支援業務=Foreign Agricultural Service=FAS 」に基づくもので、「市場開拓プログラム=Market Access Program=MAP」と、「高品質商品見本プログラム=Quality Sample Program=QSP」の2つの部立があり、MAPの費用は、農務省傘下の「物産信用公社=Commodity Credit Corporation=CCC」の基金でまかなわれるという。
 発表によると、2つのプログラムを通じて、農・畜・水産業など70の団体に上記の資金が配分される。助成金を受ける団体には、落花生、アスパラガス、洋梨、イチゴ、トマトなどの団体が並んでいるが、70の団体の中で最も多額の割当て1,205万5,587ドル(13億3,817万円)を獲得しているのは、合衆国食肉輸出連盟(U.S. Meat Export Federation)だ。この額はMAPの助成金総額1億4,000万ドルの8.6%に当たる。
 これらの資金は当然、米国産牛肉の輸出再開へ向け、多少なりとも日本市場での宣伝工作にも使われるだろう。米国の担税者たちの、率直な意見を聞きたい。(;)