皇室の公私(中)2006年01月27日 08:07

 皇太子一家への懸念は、ほかにもある。12月23日の天皇誕生日には、一連の公式行事のあと、夕方6時半から天皇を囲んだ内々の家族による「御祝いの御膳」が祝われる。この席には、成人皇族だけが連なる慣例になっているが、去年は思わぬ騒ぎが起きた、と伝えられる。
 「御膳」が始まる時間近くまで両親と一緒に宮中にいた敬宮を、従者に付き添わせて東宮御所に帰そうとしたところ、敬宮が母親と離れたがらず、大層むずがった。
 このため、雅子妃自らが東宮御所に連れ帰ったものの、はっきり戻るとも戻らぬとも連絡がなく、帰るのを待って「御膳」の開始が大幅に遅れ、天皇夫妻もご機嫌斜めだったという。
 困ったのは、厨房の係だったようだ。食事を供する者は、配膳のタイミングにたいへんな神経を使う。皇太子妃に、こうした立場の者たちへの気配りはなかったのか、御所に戻ったのは、3時間近くも経った10時前だったという。
 私が心配するのは、ひょっとすると皇位を継承することにもなりかねない敬宮の育て方が、こんな具合でいいのか、という点だ。普通の家庭でさえ、こんな場合は、泣き叫ぼうが暴れようが、親の言うことをきかせるのが、満4歳になった子の躾けというものだ。
 雅子妃が、どんな育てられ方をしたのか知らぬが、気に入らぬ公務は「体調不全」を理由にキャンセルし、親子そろっての「行楽」には笑顔で出掛ける例が何度か見られるところをみると、ご自身の躾けにも問題があったのかも知れない。皇室の人間には、何より「無私の忍耐」が大切なのだ。
 今年の「歌会始の儀」にも、雅子妃の姿はなかった。週刊誌が伝えるとところでは、日本民族が世界に誇るべきこの伝統的文化行事が開かれているころ、同じ御所内で「療養のための」乗馬をしていたという。
 それよりむしろ、皇后が震災からの復興を喜びながらも、苦難の思い出に涙する神戸市民との交流を歌った作品を披露したのに比べ、皇太子・皇太子妃がそろって、「公」より「私」を先に立て、わが子の笑みの延長に世界を見る心境を歌っていたのが、残念至極だった。(;)