新聞の衰微(9)2006年08月17日 08:20

 同じ記事は、前日には大阪本社版で、前々日には九州と名古屋でもA紙の紙面を飾っており、すでに業界は沸騰し始めていた。たまたま編集局出身の私が、記事に関係する苦情などにも対応する役目も負った広告局の部長だったので、外務部員と一緒に応接する仕儀になった。
 H時計店の宣伝部長らは、「記事は、通常あり得ない状況を想定し、読者にクオーツ時計についての無用な誤解を与えるもので不当だ。書いた記者に直接聞きたい」と、強硬だ。
 調べると、執筆は科学部のZ記者。部長が同期入社のSだった縁で、応接の場に寄越して貰った。Zは、若い女性だったが少しもひるまない。宣伝部長らが、「記事には《時計店にクレームが相次いでいる》とあるが、クオーツ時計のシェア6割の当社には1件の報告もない。時計店で確認した件数や具体例を示して欲しい」とネジ込むと、「情報源の秘匿に関わるので、お答えできません」。
 さらに、「《クオーツ時計が冬場に遅れたり止まったりすることが、東北などで結構ある》とH時計店の談話を引用しているが、個人名を明かさぬまでも、談話取材先の部門名を示して欲しい」と食い下がられても、「サービス部門の方、としか申せません」と突っぱねる。
 この対応に、メーカー側はますます態度を硬くして、「記者が指摘したような不具合を避ける手立ては。商品開発の段階で尽くしてある」と、記事の真実性に疑問を突きつける。来社したDS社時計設計部の課長は、記者と同じく大学の理工系出身者で、技術の問題では容易に譲らない。
 特に、「消費者にはチンプンカンプン」と記事が揶揄したクオーツ腕時計の使用条件《常温携帯精度》については、「これは、1日8時間以上腕につけていることを前提に、JIS規格である5℃~35℃の《常温》下で保証された精度であり、《腕から外したら遅れる》との記述は短絡だ」と主張する。クオーツ(水晶)の物理特性を盾に反論する記者と、この日の議論は物別れに終わった。
 だがその晩、C時計が抗議文を寄せ、数日後、日本時計工業会として抗議に来社する騒ぎになった。(;)=続く