国防長官墜つ2006年11月13日 08:02

 アメリカでは、大統領の与党が議会の多数派でないことは珍しくない。最近では、クリントン大統領の時代が、そうだった。大統領に強大な権限が与えられているため、国会議員選挙では、有権者がバランスをとるせいだという。半信半疑だったが、今度の中間選挙を見て、そうかもと思った。
 予想された通りの結果で驚くことは少なかったが、◇ブッシュ大統領が敗北宣言と同時にラムズフェルド国防長官の辞任を発表し、イラク戦争に批判的だったゲイツ元CIA長官を後任に選んだこと、◇5人の子の母で5人の孫の祖母として、イラク撤退を唱えてきた民主党のナンシー・ペローシ下院内総務(66)が、同党の過半数確保の結果、女性初の下院議長に内定したこと、◇また、ミネソタ5区でイスラームのアフリカ系新人キース・エリソン(民主)が当選したことは、ニュースだった。
 国防長官は事実上の更迭で、"恐竜の尻尾切り"という感じだが、その失墜は遅すぎた。教養の匂いがしない粗野な「ネオコン」の一員として、知性疑われる大統領にゴー・サインを出させ、大義を欠く対「テロ」戦争を強引に引っ張ってきた。結果が、米兵3千人を含む、15万人とも50万人とも言われるイラクでの大量死だ。その罪は、深く大きい。
 彼の中東関与は古い。米国がイラン革命への介入に失敗、革命の波及を恐れるイラクを支援したレーガン政権時代の1983年12月、中東特使としてイラクを訪れ、時のサダム・フセイン大統領と会っている。内容は闇の中だが、化学兵器を含む大量の武器供与に関するものだったとされる。
 レーガン政権は、一方でテヘランの大使館員人質解放の代償として、イランにも武器を提供している。石油の匂いがすると、アメリカの外交は武力にまで発展し、横暴さを増す。
 長官は、1975年にフォード政権で米史上「最年少の国防長官」に抜擢され、68歳の2001年には現ブッシュ政権で史上「最年長の国防長官」に就任した。自らも海軍のパイロットだったことがあるが、常に石油や製薬関係の企業との関係が深く、「民主党の時代」にどんな"真相暴露"があるか、注目される。(;)