サダム裁判(中)2006年11月29日 08:14

 フセイン元イラク大統領らを裁いている「イラク高等刑事法廷」の裁判官は、シーア派やクルド人ばかりで、元大統領らが登用したスンニ派の法律家は入っていない。しかも、被告側の弁護人が暗殺されたり、被告の弁明権を認めた裁判長が解任されたりしている。
 今日のイラクでは、同じイスラームのスンニ派とシーア派による殺戮の応酬が続き、イラク・トルコ・イランにまたがって住むクルド人の独立要求に絡む流血の紛争が止まない。
 他方、かつてサダム大統領が拠ったイラク・バース党は、治安維持のために、しばしばシーア派とクルド民族に厳しい弾圧を行った。こうした過去・現在から言っても、「イラク高等刑事法廷」が、旧バース党政権やスンニ派に対する報復の意図を孕んでいることは隠し切れない。
 その証拠に、「イラク高等法廷」の設置規程である「イラク高等刑事法廷法=Law of The Iraqi High Criminal Court」は、裁きの対象たる犯罪を、クー・デタによる「バース党の政権樹立」の1968年7月17日から、米大統領による「イラク戦闘終結宣言」の2003年5月1日の間に犯されたものと限定しており、一方で、具体的には「集団殺戮の罪=The crime of genocide」「人道に対する罪=Crimes against humanity」「戦争犯罪= War crimes」「その他一般のイラク法違反」を挙げている。
 それならば、死者100万とも言われるイラクの対イラン戦争(1980~88年)や、クウェートへの侵攻(1990年)の「戦争責任」も裁かれるのがスジだが、そこは明確でない。もしそうなると、これらの戦争に深く関わり、むしろ前者では積極的にイラク支援に回った米国の責任も問われるはずだが……。
 つまり、「人道に対する罪」や「戦争犯罪」を持ち出して、元大統領らの「罪」を裁こうとするのは、法理を「ニュールンベルク裁判」や「東京裁判」の延長線上に求めている現れで、ブッシュ政権が一時期、イラクの戦後統治を日本の戦後に重ね合わして言っていたことと符合する。
 だがそれならば、なぜ「国際法廷」としなかったのか、ジャーナリストや史家の注視すべき問題点だ。(;)