横着も勝因だ2006年12月06日 07:07

 小中のころ、女の先生が担任になると聞くと、悪いけど、とたんに皆がウェーと奇声を発した。男女組でも、ウェーに和した女の子が大勢いた。なぜか。
 まず、怒り方が気まぐれで、法則性がない。虫の居所が悪いと、ネチネチと小言を言ったり、叱っているうちに自分が泣き出してしまう若い女性教師もいた。今と比べ、子どもがかなり従順だった分、若い女教師も純情だったのか。
 国民学校4年の、昭和19年の冬。日本はすでに敗色濃く、銃後の生活も、日一日と窮迫していった。食糧の配給は滞り、コメの代わりにサツマイモやカボチャが配られ始めた。女性教師のイライラは、夫や恋人を戦地に送り、留守を預かる辛さや不安と無縁ではなかったろう。
 冬休みの宿題に、何か自分で工夫・発明したものを作って来いと命じられた。日ごろ、寒中の雑巾がけには泣かされていた。北関東の冬は、雪が少ない分だけ寒い。井戸から汲んだ水は、そのまま手を浸しておきたくなるほど初めは温かい。
 そうもしていられないので、雑巾を絞って長い廊下を四つん這いになって拭いていくと、拭いた跡が見る見る凍って光り出す。バケツの水も、3度目に雑巾を洗い出すころには、手の感覚がなくなるほど冷たくなった。
 それならと、幅7センチ、厚さ1.5センチばかりの板、それぞれ2枚を材料に、短い方が25センチ、長い方が70センチほどのT字型を2組作り、短い板の縁に蝶番を2つ付けて合体、開くと細長い十字形になるように工作した。次いで短い板の片面に、25センチ×30センチの雑巾の端を、短い釘をたくさん打って固定した。これで、新案特許「柄付き雑巾」を作ったのだ。
 女先生が「これは何か」と訊くから、バケツの水で雑巾部分を濡らしてたたみ、2枚の短い板で挟んで絞る。柄を握って床を拭いた後、雑巾を濯いで同様に絞れば「手を濡らさず拭けて、寒い朝は助かる」と、実演して説明した。
 途端に「横着っ」と、ひったくられ、柄の部分で頭をガツンと殴られた。敗戦後、進駐軍の生活を見て、絶えず快適と安楽を求める横着さが勝因の1つと見て取り、我が意を得た。(;)