ミッション(中)2006年12月22日 08:03

 Nさんが現場に来て、その夜の客には医者がいないことが分かった。Mさんは、山男だけに心得があって、ジャケットを2着だったか3着だったか列べて、袖をそれぞれ2本の細い丸太に通して急ごしらえの担架を作り、現場のバンガローに運んで来た。刺した男は、逃げ去ったまま、人相、風体も定かでないという。警察に届けるより、怪我人を医者に診せることが先決だった。
 刺された男は、アブラ汗をにじませて目をつぶったままだ。「痛む?」と声をかけると、「ウ」と答えるだけ。一緒に来た男たち3人は、口々に「死ぬんでしょうか?」「センセイ、助けてやってください」と、酒臭い吐息をついて、うろたえるばかり。
 「僕は医者じゃあないから、センセイはやめてください。とにかく、ここに置いておくわけにはいかない。何とかしましょう。暖かくして寝かしておいてください。今は動かさない方がいいと思う。水をほしがっても、絶対、与えないように」と言い残して、Nさんを現場に残し、Mさんと2人、ひとまず管理棟に戻り、対策を皆で相談した。
 その晩はほぼ満杯の盛況だったが、当時は、車でキャンプ場に来る客などいなかった。搬送手段がないのだ。医者は、湯本まで下ればいるはずだが、より近い元箱根にいるかどうかは不確かだった。「問題は傷の深さと失血だな。今夜のうちに医者に診せないと危ない」と、Mさんと私は一致した。
 とりあえず、湖尻の桃源台まで行って、電話で医者を当たろうということになり、Mさんと私が、2キロばかり離れた桃源台へ向かった。実は、その電話さえ、あるかどうか保証はなかった。
 空は曇って真っ暗。車が通る気配もない。黙って小走りに歩いた。1キロばかり行ったところで、前方に車のヘッドライトが見えた。2人は道の真ん中に立って、懸命に懐中電灯を回した。
 車が近づいてくるのがもどかしかった。目の前で止まった。室内灯が点いて、運転席から顔を出したのは白人だった。しかも、先方から口を開いた。焦っている様子で、「この道は、オダワーラに行くか」と、英語で聞く。
 「行くことは行くが、ちょっとややこしい。先に、われわれの話を聞いてください」と、私が丁重に英語で言った。大きなアメ車には、白人の男ばかり4人が乗っていた。(;)