政治のDNA2007年02月19日 07:58

 集団内の個々人が抱く多様な意思を、集団の意思へ集約・統合し、それに基づく集団の行動へ導いて行く。──これが「政治」である。その課程で、最初に「集団の意思」が設定されていて、個々人をそこへ追い込んで行く方式と、「個々人の多様な意思」を先に立て、ややこしい手続きを経て折り合いながら集約・統合する方式が競って、存亡の対決をしたのが「東西冷戦」の時代だった。
 「朕が国家である」の絶対王政と同様、最初に「集団の意思」を設定して、個々人の意思をそこへ導いて行くのが「独裁政治」だ。近代では、科学的社会主義と麗々しく呼んだが、結局は階級闘争史観に基づいた無産階級の「一党独裁」と、それを執行する官僚・テクノクラートの専制社会にしてしまった。
 「社会主義」の挫折は、「個の利害をまず思う人間の性」に反したが故の失敗であろう。官僚がのさばって腐敗したのも、彼らが「個の利害をまず思う人間の性」から抜け出せなかったからだ。
 これに対し、古代ギリシャに生まれ、西欧が育てた「個々人の多様な意思の折り合い」を求めつつ「集団の意思」へ集約する政治は、まず個々人が思うさま自分の利害を言い立てるところから始まり、忍耐と時間を費やして互いの譲歩を重ねつつ、集約・統合の道を探るやりかたである。
 従って、何やら雑駁で、矛盾に満ち、前者に比べれば論理性にも欠ける。しかし、「個の利害をまず思う人間の性」から出発するだけに、政治の骨組みに個々の意思が少しずつ参加(engage)しているところが強みである。その点、「集団の意思」を先行させるやり方は、社会の成員が「人間の性」に目覚めた時に、個人を単位に、ばらばらに崩壊する。
 日本の政治的なDNAは、疑いなく「集団の意思」先行型だ。明治の文明開化で、西欧から導入した統治法も、このDNAに親和性のある「立憲君主制」であった。
 そして、西欧の「帝政」や「立憲君主制」の衰退をにらみつつ、近代的な民主制を追って行った。戦争に敗れ、一気に「人間の性」を基本とする政治が入ってきたが、良くも悪くも、民族のDNAの存在を忘れてはならない。(;)