社会部時代(6)2007年03月12日 08:00

 一酸化炭素が恐ろしいのは、空気中に容積で10万分の1混入すれば、人体に中毒を起こし、1000分の1含まれれば、致死量に達するところだ。
 一酸化炭素を吸うと、肺で血中の赤血球のヘモグロビンと結合して、血液の色は酸素と結合した時と同様に鮮紅色になるが、結合が極端に解けにくくなる。
 結果は、体の組織が酸素の供給を断たれ、ヘモグロビンは還元されないまま鮮紅色を保ち、生理的には、吐き気・目まい・頭痛・運動機能の麻痺・失神などを起こし、果ては死に到る。これが一酸化炭素中毒だ。
 現場の遺体が、鮮紅色の出血を見せていることと、「クラウチング焼死体」が多いことから、一酸化炭素中毒で身動きがとれなくなっているところを、どんな形でか死が襲った、という仮説が成り立つ。ならば、一酸化炭素の発生源が、何かあるはずだ。
 50平方メートルほどの焼け跡を見回すと……、あった。──プロパンガスの大型ボンベが、外壁の外に一部焼け焦げて突っ立っている。とすれば、勝手場と風呂場は是非見ておかねばならない。暖房にもプロパンを使っているかもしれないが、まだ9月の半ばだ。と、風呂場とおぼしきあたりに回って見ると、ひどく異様な光景が目に飛び込んできた。
 浴槽は、今ではもうあまり見られなくなった木製の、小判形をした大きな桶状のものだったが、洗い場の床面から下、50センチくらいの底の部分を残し、ぐるりの板は焼けて無くなっている。焼け残った浴槽の縁は、焼け焦げてギザギザになっており、桶の底には濁った水が残っている。つまり、火災が起きた時には、浴槽の水位がかなり下がっていたことが推測された。
 釜は、銅の短い煙突がついた「鉄砲釜」というやつで、煙突部分は熱で完全に変形し、火勢の激しさを物語っていた。排ガスを戸外に出す排気筒があったようには見えない。ガスの元栓は開いたまま。当然、ホースは焼けて無くなっている。バーナーのコックを見て、「アッ」と思った。(;)