社会部時代(11)2007年03月19日 07:59

 解剖立ち合いの警察幹部といっても、直接遺体にメスを入れているその場に立ち合うわけではない。陣幕からやや離れた小道のそこここに、3人、4人と集まって、所在なさそうに立ち話をしている。こんな時、何食わぬ顔で近付き、立ち話の中身を盗み聞くのも1つの取材手口だ。
 聞き耳を立てていると、「カケイケンの方へ……」とか、「カケイケンに……」という言葉が聞こえてくる。科警研 (科学警察研究所) のことだな、と見当をつけた。そして、会話が途切れた瞬間を逃さず、学者タイプの男に、「失礼ですが、科警研の方ですか」と、声をかけてみた。
 すると、細身で背の高い白髪まじりの1人が、「はぁ、科警研のムニャムニャですが……」と応じてくれた。役人は、当時も、めったに名刺をくれない。そこで、このムニャムニャ氏が、今でもはっきりしないのだが、私の方はすかさず名刺を出して、「駆け出し記者ですが、ぜひ教えていただきたいことがありまして、……」と、切り出した。怖いもの知らずは若者の“特権”だ。
 そして、タイミング良く現場に着いたため、焼け跡にもぐり込んで、鮮紅色の出血などを細かく見てしまったこと、その結果、プロパンガスが風呂のバーナーで不完全燃焼し、被害者らが一酸化炭素を吸って仮死状態でいるうちに、バーナーの過熱で長時間熱せられた風呂場から出火、火が一気に建物全体に回って人々は焼死したのでは──という推論を立てたことを、立て板に水を流すように話した。
 黙って聞いていた科警研氏は、「よく勉強しておられますね。だいたいそんなことでしょうか。ただし、まだ書かない方がいいですよ。鮮紅色の血液は、一酸化炭素中毒ばかりじゃありませんしね」という。私は、踊りだしたくなるような気持ちがした。オレの推理は、いい線行っているのだ。
 だが、平静を装って、「そうですね、青酸ガスでも真っ赤ですしね、……まだ記事にはしません。第一、死体の裂傷の原因が分からない。……やっぱり、あの疵は誰かが凶器で殴った証拠なんでしょうか」と突っ込んだ。専門家だって、そこが疑問のはずに違いないと思っていた。(;)