社会部時代(25)2007年04月06日 08:02

 話が脱線したが、戻る。市兵衛町に呼ばれた「ペラ屋」たちは、ひと苦労だった。まごまごしていようものなら、ツツツと寄ってくる「於藤さん」こと村山藤子夫人に、「あなた、何をなさってらっしゃるの? ほら、あそこで独りぼっちの方がいらっしゃるじゃありませんか。早く行って、お相手して差し上げなさいっ」などと、追い立てられる。   ★とにかく、当時は役員、局長クラスは“番頭”、それ以下の社員は“丁稚”並みというあしらいだった。   ★朝日では、広岡知男社長時代の半ばまで、役員に選ばれた幹部は、創業者で藤子の実父である村山龍平の墓参りをするのが長年の慣習だった。   ★村山家の衰退につれて、この行事は打ち切られたが、広岡への服従の姿勢を見せながら、村山家にも保険をかけ、密かに龍平の廟所の掃除に行った局長が何人かいた。   ★尚一の結婚披露カクテル・パーティーに戻る。村山夫妻らの控室を訪ねて感じたのは、ひどく重苦しい、その場の空気だった。尚一の祖父・精一、父親・淳一と夫人らが、村山夫妻に応対していたが、婚礼の日らしい華やいだ雰囲気はまるで感じられなかった。   ★気になったのは、大きなテーブルの正面に、村山夫妻が椅子3つ分くらい間を空けて座っていたことだった。型通りの挨拶を済ませ、さっさと退散しようとしたら、藤子夫人が「あなた、どういうご関係?」と乾いた声で聞く。当方は挨拶の冒頭に「たまたま新郎と支局で一緒だった関係で、……」と言ったはずなのに、聞き落としたらしい。   ★で、もう一度繰り返すと、最後まで聞かずに「あっ、そう」と、ニコリともせずに言った。あまり不機嫌そうなので、例の「骨折」が痛むのかな、などと思ったほどだった。   ★当方は、ホテルの担当者らとの打ち合わせも残っている。それを口実に、早々に退散した。(;)