社会部時代(26)2007年04月09日 08:00

 上野尚一の結婚披露宴である。パーティーが始まる。グラスを片手にした招待客で、広い孔雀の間も次第に埋まっていった。  ★改築前の、そのころの孔雀の間には、中二階のようなところに〝オーケストラ・ボックス〟があって、尚一が所属していた慶応義塾ワグネル・ソサエティーの小規模編成の管弦楽団が曲を奏でる中、新郎新婦がヒナ壇に上がり、媒酌人の村山社長、主賓の池田勇人首相の祝辞があった。  ★宴会の進行表と、腕時計ばかりが気になっていて、村山社長や池田首相の祝辞の内容を、つぶさには覚えていない。  ★ただ、池田首相のスピーチが、「日本の政治、文化、社会にとって朝日がいかに重要な新聞であるか」と、朝日新聞への賛辞に大部分を費やしながらも、婚儀の祝宴に招かれた者の当然の言葉として、「新郎は、将来の朝日新聞を背負って立つ器」と、最大級の賛辞を贈った記憶はある。  ★藤子夫人は社長の傍らに、ちょっと距離を置いて立っていたが、その表情には市兵衛町のガーデン・パーティーで見せる気負いと自信が見られず、いかにも不機嫌そうで、客の立場になるとこんなものかと、単純に思ったりもした。  ★実は、「第二次朝日騒動」が起こってから言われたことだが、この尚一の結婚と、時の首相までが来賓として祝辞を述べた盛大な披露パーティーが、村山夫妻、とりわけ藤子夫人をひどく刺激したのだという。  ★男子の世継ぎを持たぬ村山夫妻が、この上野家の慶事を目の当たりに見て、朝日新聞社における村山家の地位に危機感を抱き、ますます上野家への対抗心を募らせ、それが「騒動」の引き金の1つになったと取り沙汰されたのであった。(;)