ゼッタイ秘密2005年12月15日 08:19

 高校時代に、一時、化学部にも席を置いた。
 この年ごろの少年には、"実験狂"に近い子がいるものだ。
 Rは、その一人だった。いっぱしに白衣を着て、硫酸銅溶液の結晶の成長や、温度による状態の変化などを巧みにやって見せ、その原理を説明しては、仲間を感心させた。
 ある時、そのころ左翼過激派が使い始めた「火炎ビン」の構造が、部室で話題になった。焦点は、割れてすぐ発火する仕掛けだった。
 歴史や時事の問題に強いSが、「あれはモロトフ・カクテルといって、ガソリンを詰めたウオッカのビンにボロ布で栓をし、ボロに火をつけて投げると、ビンが割れて燃え上がるんだ」と、説明した。
 Fが反論した。「そんなのは古い。今は化学反応を使ってるらしいぞ」。そこへ、Rが現れた。そして、議論のあらましを聞くと、即座に、「簡単だよ」と言って、黒板にスラスラと図を描いて見せた。
 真似をする者がいてはまずいので詳しくは説明しないが、ガラス製の2つのビンを二重構造にし、2つとも密閉する。内側のビンに燃料と固形の化学物質を入れ、外側に液体の化学物質を詰める。2つのビンが同時に割れると、高温を発する化学反応が起き、燃料に引火する構造だ。
 一人が、「そんなにうまくいくかなぁ」と疑問を呈すると、Rはコチンときたらしく、「やってみようじゃないか」と言って、細工を始めた。広口のフラスコと試験管、コルクの栓を加工し、ものの20分で"試作品"を作り上げた。ここまで来れば、実験しかない。興奮で、お仕置きの怖さなど、みな頭にない。
 薄暗くなった体育館の裏山で、秘密の実験をやった。レンガを4、5個並べ、野球のうまいLが、10メートルほど先から投げつけた。
 カチャンと音がしてビンが割れた瞬間、燃料に使ったアルコールの青白い炎が、ボワっと広がって、すぐ消えた。
 一同、声を殺して大成功を祝い「ゼッタイ秘密」を誓い合った。バレれば停学の1人や2人は出ただろう。Rは言った。「燃料をアルコールにしたのは、ボッと燃えてすぐ消えるから。長く燃えては、バレる確率が高い」。
 悪知恵にも長けたRは、大学の理科に進み、化学工業で活躍した。(;)