当て外れ人生2005年12月16日 08:28

 朝早く、中学時代からの友人が電話をくれた。同じ仲間のSが食道癌と診断され、あさって手術だという。正直なところ、「緩慢な自殺」という言葉がよぎった。
 Sが、同窓会や同期会の付き合いを絶ってから、かれこれ4年になる。私生活で破綻し、長引く不況の中で、小さな事業の切り盛りに苦労しながら、相変わらず酒浸りとは聞いていた。
 ただ、昔からプライドの高い自信家で、干渉されることなどはまっぴらという男だったから、仲間たちのほとんどが、その辺を察して声を掛けなくなっていた。仕事の面で支援しようにも、それぞれがすでに現役を退いた立場では、手助けのしようもなくなっていた。そしてSは、さらに孤立した。
 ひところは、よく一緒に飲んだ相手で、オレ・オマエの仲は、50年を超す。人生の当てが外れて、酒色に淫するようになったSを、ある夜、厳しくたしなめて以来、私とも交際が切れて3年余になる。それにしても、食道癌の手術とは大ごとだ。切る前に会っておかなくてはと、些少の見舞いを包んで、入院先に車を駆った。
 Sは、6人部屋の、入り口のベッドに横になっていた。「おい」と声を掛けると、「おう」と応えて起き上がり、両足を投げ出して座った。そして、「とうとうオマエのところまで伝わったかね」と、見栄を張った。そのくせ、「まさか、おれが癌とはなぁ……」と、涙ぐんだ。
 Sは、3浪してT大に合格した。そんなにT大に拘るなと、周りが勧めたが聞かなかった。結果は初志貫徹だったが、何か当て外れがあったようだ。入学後は、狂ったように遊興の生活を続けた。
 卒業して中堅商社に入り、素封家の娘と結婚したが、何か当て外れがあったらしい。会社を飛び出し、やがて離婚した。その後は、当て外れ人生の傷を、酒で癒そうとしてのめり込んだ。
 久しぶりに会ったSは、すっかり老けていた。髪は真っ白で、ひどく少なくなり、眉毛まで白くなっていた。投げ出した足はガサガサに干割れして、痛々しかった。手術の承諾書の保証人は、中年の愛人だった。人生、当て外れはしょっちゅうだ。だから、逃げないことが肝心なのに。(;)