武家の家計簿2006年10月31日 08:04

 最近読んだ本で、とても面白く、勉強になった1冊に、『武士の家計簿──「加賀藩御算用者」の幕末維新』=磯田道史著/新潮新書・2003年4月初版、06年8月28刷=がある。著者は1970年、岡山市生まれの茨城大学助教授。筆も滑らかで、学術書並みの内容だが読みやすい。
 長年、武家の生活実態の解明を追っていた著者は、2001年春、古書販売目録に一連の古文書を見つけて狂喜する。15万余円を工面し、東京・神田の古書店で手に入れたのが、金沢・加賀藩の御算用者(ごさんようもの)・猪山(いのやま)家の「入払帳・給禄証書」などの文書であった。
 「饅頭一つ買っても記録」してある一家の出納帳は、天保13(1842)年から明治12(1879)年までの37年2ヵ月にわたっていた(1年2ヵ月分は欠落)。文書には、出納帳のほかにも冠婚葬祭の出費や献立などの細かい記録、明治初期に金沢と東京に一家が別れて住んだ時分の往復書簡や日記などが含まれ、まさしく、幕末・明初の武家の暮らしを映し出す史料の宝庫だった。
 本書は、これらの文書に基づいて、当時の武家の懐具合や子弟教育の有様などを、活き活きと描く。一家が継いだ役職「御算用者」とは、江戸時代屈指の大藩・加賀前田百万石の"会計係"である。藩祖・利家に陪臣として仕えた清左衛門を初代に、算盤と筆の才を認められ、御算用者として直参に取り立てられた5代目・市進から、徳川家の溶姫輿入れの大行事に「勘定役」を務めた7代目・信之らを経て、幕末に陸軍の父・大村益次郎に兵站の才覚を買われ、維新政府の「軍務官会計方」に、さらに「海軍主計大監」にまで昇進する9代目・成之までの一族の歴史でもある。
 通読して、多くの新知識を得た。◇大藩の直参でも生活は苦しく、借金の清算に家具・衣類の売却さえする。◇その借金の元が、親戚や同僚への祝儀・不祝儀など身分に伴う頻繁で多額な交際費。◇幕末の武士は、拝領した領地を見回ることが全くなく、ために「秩禄処分」にさしたる抵抗がなかった。◇武士の妻は、生涯、実家との絆が強く、夫に金を貸すこともあった、などの意外な事実だ。時代劇鑑賞の参考に推奨したい。(;)