変な癖の犬(上)2006年12月18日 07:54

 その犬は、知らぬ間にわが家の縁の下で寝ていた。まだ脚の太さが目立つ、薄茶色い雑種の仔犬で、啼かずにじっと寝ていたのは、捨てられたショックと、よほど腹が空いていたせいだろう。
 母が哀れんで、メシにみそ汁をかけて与えると、尾を振りながらガツガツとむさぼり食って、クウクウとおかわりをねだった。こうなると、情が移って追い払うわけにはいかなくなる。古いリンゴ箱を解体して、ちゃんとした犬小屋を作り、首輪と鎖をつけてやると、何年も前からいたような顔をして、居着いた。従順な雄犬で、父が「ボン」と名付けた。昭和25(1950)年ころのことだ。
 父に名付けさせたのは、母子の陰謀だった。父は、幼時に犬に噛まれて以来、大の犬嫌いだったため、これがわが家で初めて飼う犬になった。どうした風の吹きまわしか、この時は父も特に反対はせず、乗せられて名付け親にまでなった。ただ、「飼うなら最後まで責任を取れ」と言った。
 犬を飼うと難儀なのは、毎日の散歩である。これが私の役目になった。学校から帰ると、ボンは朝からただ一つの楽しみにしていたように、鎖をつけたまま後ろ脚立ちして散歩をせがんだ。
 裏山の小道を登って行くと畑地が広がり、農道が遥か先まで伸びている。その先は下り坂で、両側はクヌギ林だった。林の途中、かなり広い平らな草地があって、勝手に「ツルゲーネフの牧場」と名付けていた。大の字に寝て空を仰ぐと、立っている時とは違った風の音がした。
 ある日、傍らに寝そべるボンの体から、いやな匂いが漂ってきた。首の辺に下肥の匂いがする。
 一直線の農道に出たところで鎖から放してやる習慣だった。放すと、全速で走り出した。畑には、季節の作物が作られていたが、当時、肥料はほとんど下肥だった。その日、ボンは農道脇の肥溜めのところで止まり、首を地面にすりつけていた。変だと思ったのが、これだった。
 肥溜めまで引っぱって行き、鼻先を肥に近づけては尻を殴って折檻し、家に帰ってから石鹸でよく洗ってやった。何か分からぬが、妙な香りを好む変な癖は、これで治まるだろうと思った。いや、期待した。(;)