利己主義の友2005年12月05日 07:59

 Aは、中学のころ仲のいいグループの一人だった。父親が医師で、戦前まで中国・青島で開業していたため、裕福な環境に育ったようだ。
 持って生まれた性格なのか、育ちなのか、徹底した利己主義者だった。クラブ活動とか団体競技には拒絶的で、進んで参加しようとはしない。むしろ、そうした組織活動に熱心な級友を、嘲笑するところがあった。
 それなのに、なぜか私たちのグループには加わって、皆からも憎からず思われていた。一つには、乱読型の非常な読書家で、しかも年齢不相応な書物を仲間に先んじて読破し、みんなに刺激を与えていたからだ。
 『チャタレー夫人の恋人』とか『金瓶梅』、バートン版の『千夜一夜物語』の存在は、どれもAから教わった。性的にも、かなり早熟だった。
 大陸に住んだころのAの話で、今なお不快な気分を蘇らせるのは、貧者に対する、彼の無神経と金銭感覚を示すエピソードだ。──旧ドイツの租借地・青島でのAの家族は、通りに面した近代的なアパートの上層階に住んでいたそうだが、ベランダから兄弟で身を乗り出し、少額の中国紙幣を撒くと、現地の子どもたちが舗道に大勢群がって、ヒラヒラ舞い落ちてくる紙幣を掴もうと、押し合いへし合いするのが「面白かった」というのである。
 戦後、日本人の海外進出が再び盛んになると、同じような姿勢で、現地の人々を見下す者がいるのを何度も見聞きした。札ビラで頬を叩くより、さらに下劣な行いであり、どれほど日本人の印象を損ね、禍根を残したことか。
 大学に進んでからのAは、ラディゲの『肉体の悪魔』に心酔するような、享楽的な暮らしを求める一方、その大学の校風もあって、金儲けにも情熱を傾けた。
 期末試験が近づいたころ、ひょっこり訪ねて来て、経済学の原書を差し出し、「時間がない、助けてくれ。この章を全部、邦訳してほしい」という。「それでは学問になるまいが……」と言ったものの、人助けだし、自分の勉強にもなると思って引き受けた。
 数週後、Aの学友から、「君の訳文を、Aはガリ版屋に持ち込んで印刷させ、法外な値段で級友らに売り、カネ儲けを自慢している」と、聞かされた。
 求めもしなかったが、Aからは1円の謝礼もなかった。(;)

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