悪罵さまざま2006年07月17日 08:03

 昔、関西に転勤になった時、大阪出身の同僚から「向こうに行かはったら、《馬鹿》や《畜生》言うたらあきまへんでぇ」と、餞の言葉を貰った。それまで、箱根から西では住んだことがない東国育ちで、子どものころから、親しい仲では「聞いてよ。○○のバカがよぅ、あんチキショ、こんなこと言いやがんだ」なんて、ごく軽い"接尾語"にまで使っていたくらいだから、この一言にはひどく緊張した。
 ところが、西国で暮らしてみると、耳にしたこともない独特の罵詈雑言がある。なるほど《馬鹿》や《畜生》は滅多に聞かないが、東国者が「何をっ!」と気色ばむ《阿呆》には、《ど》まで冠して使う。しかも「ワイ、アホやけん、……」などと卑下されると、先方の軽い気持ちが、当方にはずしりと響く。
 驚いたのは、野球場の野次の凄まじさだ。よくここまで練り上げたものと感心するほどの言語感覚で、ギョッとするような悪罵をグラウンドの選手に投げつける。多くの場合が、エラーをしたり、好機に三振で引き下がったりして消沈している者に、時に小学生のような子どもまでが、鋭い針を含んだ悪たれを浴びせて、周囲がこれを大笑いする。──要するに、悪罵も所変わればだ。
 先ごろのW杯サッカー決勝戦で、フランスのジダン選手が、イタリアのマテラッツィ選手から何度も悪罵を放たれて遂に暴発、頭突きの報復に及んで栄光の選手歴を自ら汚した。
 欧州のメディアは、戦争にひとしい中東情勢そこのけに、今も連日、大騒ぎだ。当人は、はっきり言わぬが、どうやら身内の女性にかこつけた、人種差別絡みの卑猥な悪口を言われたらしい。
 ところが欧米社会では、この種の罵詈雑言は日常茶飯だ。例えば、英語のsh*tやf**kとか、Sa-nah-va-bi**hなどは、超一流大学の優等生すら平気で口にする。ラテン系言語のそれも含め、なぜか西欧の罵詈は、「性」や「排泄」に関したものが圧倒的に多い。これも所変わればだ。
 「罵」とは面と向かって悪口を言うこと、「詈」とは他の事に及んで悪口を言うことと、辞典にある。どんな「他の事」に言寄せるかが、文化と歴史で違うようだ。どの道、言葉は時に凶器である。(;)