裸足のパトス2006年07月26日 08:01

 先週末から、NHK衛星第2テレビで、毎晩、チャプリンの作品が紹介されている。22日に先触れで放映された特集番組「喜劇王チャプリン秘蔵フィルムは語る」は、興味深かった。
 チャプリンの研究家として、若いが世界でも指折りの権威とされる大野裕之氏が、英国映画研究協会(British Film Institute =http://www.bfi.org.uk/ )所蔵のチャプリン映画のNGフィルムを紹介してくれたが、ドタバタ喜劇(slapstick)の1場面を撮るのに、滑ったり転んだり、殴られたり蹴られたりを数知れず繰り返した「裏の記録」に、何としてでも笑いを獲ってやろうと闘う芸人魂を見て、改めて感心した。おそらく、チャプリン本人はもとより、役者たちはアザだらけだったのだろう。
 もう一つ、認識を新たにしたのは、チャプリンの幼少時の凄まじい貧しさだ。チャーリーは、1894年、急病に倒れた母親で歌手のハナ(Hannah)に代わり、5歳でマイムとして初舞台を踏むのだが、この特集番組では、そのころのチャーリーと友だちだった祖父を持つ初老の男性が、「彼らは、道ばたの小石を拾って口に含み、唾液で空腹を紛らしたそうだ」と、話したのには唸った。
 1889年、チャプリンが生まれた当時のロンドンのサザーク(Southwark)は、テムズ川を挟んで、すでに世界の金融の中心として栄えていたシティーの対岸である。後年、チャプリンがトレード・マークにした浮浪者の装いこそは、山高帽にモーニング、縞のズボンにステッキで身を固め、清潔な金融街を闊歩する富者の世界への、川向こうからの当てつけだったに違いない。
 1936年の作「モダン・タイムス」で、ポーレット・ゴダード(Paulett Goddard)演ずる貧しい非行少女は裸足だ。若い女性の裸足は、何とも艶めかしく可憐だが、欧米でも第2次大戦後ですら裸足の娘は珍しくなかったらしい。
 英国から移民して、豪州の貧しい田舎で育った50代半ばの女性から、「中学を出るまで靴など履かなかった。赤土の色で足が染まっていた」と、私は聞いている。富者が貧者を踏みつけ、世界から貧富の懸隔が消えず、貧苦を笑いに癒すパトスが理解される限り、チャプリンは不滅だろう。(;)