新聞の衰微(10)2006年08月18日 08:03

 時計業界が血相を変えていたのには、理由があった。商品によっては「商盛季」という、売れ行きが盛んになる季節がある。初夏のクーラーや冷蔵庫などのように、腕時計や目覚まし時計は、進学や就職の季節を控えた2~4月が「商盛季」だ。業界としては、便利で斬新な商品として普及に拍車が掛かったクオーツ時計の売り込みに、満を持していた矢先の出来事だった。
 しかもH時計店に関しては、その数年前にも製品についての、A紙のいささか不用意な記事をめぐってトラブルが起きて、一時期、広告出稿が止まった経緯があり、またかの怒りがあった。
 メーカー側は、「日本では、ごく限られた寒冷地を除き、室内温度が5℃~35℃の《常温》の範囲外になることは希であり、この範囲の室温の中に放置しても《保証精度》は保たれるよう設計されている。記事の指摘のような《狂い》は、5℃未満の気温の下に長時間放置して初めて生ずることだが、このような状況が《クレームが相次ぐ》ほど起きていることはあり得ない。現に、メーカー側に、そんな苦情は届いていない。それなのに、情報源の秘匿を盾に、クレームについての事実関係を明かさないのは不当だ」と言い続けた。
 私は、微妙な立場の立会人として、業界と科学部の論争をじっと聞いていたが、科学部長のSや、記事を書いたZが、クオーツの物理特性だけを根拠に論じて、クオーツ時計の商品化に際して加えられた物理特性の制禦の面を無視しているようで、気になって仕方がなかった。
 そして業界側が、「記事によって読者に植えつけられた、クオーツ時計が寒さにもろいという誤解を解くために、例えば《クオーツ時計を科学する》といった後追い記事を書いて貰えないか」と一つの打開策を提案したのに対し、Sが「検討してもいいが、約束はできない」と答えたのを聞いて、その頑なさの理由をいぶかった。──Z記者は、現場を踏んでいるのだろうか、と。
 だが、こじれにこじれた事態を、もっとややこしくする出来事が待ち受けていた。(;)=続く

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