私から撃って2006年11月03日 08:03

 本当に、人は信念に殉ずることができるのだろうか。他人のために命を捧げることができるのだろうか。──長いこと生きてきても、いざ自分となると、いまだに確信をもって首を縦に振れない。
 9月2日、米ペンシルヴェニア州のアーミッシュ(Amish)の平和な村落で惨劇が起きた。小さな学校に、心を病んだ外部の男(32)が拳銃や散弾銃を携えて侵入。13歳から7歳の女児10人を捉えて、持参の長い木材に金具で繋ぎ、1人ずつ撃ち殺した。その場で5人が死に、残りの5人も重傷を負うなどして病院に運ばれ、男は自殺した。
 この時、撃たれると悟った最年長のマリアン・フィッシャー(13)は、幼い子たちをかばって「私から撃って!」と叫んだという。すると、マリアンの妹のバービー(11)が、すかさず「その次は私を!」と名乗り出た。男は、その通りに撃って、姉は即死、妹は重傷を負い気を失った。この様子は、病院で意識を取り戻したバービーらによって証言され、世界を衝撃で揺さ振った。
 アーミッシュは、17世紀のスイスに起こったキリスト教の宗派。18世紀、米国に渡った一派は、ペンシルヴェニア、オハイオなどの州に十数万人が住んでいる。聖書の教えに厳密に従い、銃は手にせず、農業をよすがに、世俗と隔絶した自給自足の生活を営む。
 今も電気や電話は住いから遠ざけ、後部に大きな赤い▲印をつけた黒塗りの馬車で行き来する。男の服装は、白シャツに黒のズボン、黒のベスト、幅広の黒い帽子。女性は、黒いワンピースに白いフード状の帽を被る日常だ。各戸に美しい"家紋"があり、どれにもハートがあしらわれている。信仰上の理由で、子どもは多い。
 1986年の夏、米国に出張した際に、フィラデルフィアで働いていた旧友の案内で、市の西方約70キロ、ランカスター地方の彼らの村落を訪ねたことがある。ひどく暑い午後だったが、会う人会う人、男も女も、まるで教会にでも出かけるようにキチンと襟を正し、物静かな微笑みをたたえていた。
 そこには、神との暮らしが生きていた。鳥肌立つ感動を覚えたのは、生きている天使の群れのような、子らの表情と挙措の美しさだった。人は信仰で磨かれ、まさかの時に「神の愛」を行えるのだろう。(;)

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