新聞の無法(14) ― 2006年06月08日 08:22
去年あたりから、「コンプライアンス(法令遵守管理)担当役員」を設ける新聞社が目立ってきた。不心得な社員・役員の法令違反や背徳行為が、新聞社の屋台骨を揺さ振る例が頻発するから、担当役員を置いて取り締まろうという狙いだろうが、何か「わが社も、手は打ってはあるのですが、……」という、責任逃れのジェスチャーのように見えてならない。役職の呼称も英語とは情けない。
どんな時代でも、個人の法令違反や背徳を、組織が防ぐには限界がある。組織としてできるのは、その組織が負っている社会的な使命の重大さを、成員一人一人に徹底して認識させることだが、組織自体が法令や人倫に反することをしていたのでは、実効が上がるわけもない。
組織の成員は、その組織独特の「風紀・風土」に身を合わせて行くのであり、役職者の監視や説教より、むしろ組織の中枢である役員・幹部が、模範となればすむことだ。監査役だって、活用不足ではないか。
担当役員同士で集まっては話し合うのが好きな業界でもある。各社のコンプライアンス担当役員が集まって、一度、新聞特殊指定への業界の対応の可否を、真剣に論じ合ってほしい。
新聞は、新しい環境に自らを変えて対応する気力に乏しくなってしまった。インターネット時代の到来からやがて20年。携帯電話を行き交うメイルを含め、電子情報のテキスト全てが横書きになり、教科書も「国語」でさえ横組みになってしまったのに、1世紀半の縦組みから脱け出ない。
もうそろそろ、インターネットとの上手な付き合い方が生まれてよいはずだが、手元のディスプレイで読めて、切り抜き読みに非常に便利な産経新聞の「NetView」以外に、いまだに見るべきものがない。
本紙の購読契約に合わせて、記事データベースにアクセスする割引サービスを提供するとか、大正や明治の記事の電子データ化を果敢に試みるとか、記事本体の末尾にバーコードを付けて、紙面には収用しきれぬ判決全文のような情報を電子データで提供するとか、知恵はないのか。
広告が収益の柱なのに、今なお掲載広告の「インデクス」もない。販売面も、輸送・配達業務は別会社に統合して各紙を扱わせ、販促は各社が独自に行う自助・自立の時代だろう。
仲間内で語らって、強い者の力を借り、業界エゴで既得権益を守る時代は、もう終わっているのだ。=この項完。(;)
どんな時代でも、個人の法令違反や背徳を、組織が防ぐには限界がある。組織としてできるのは、その組織が負っている社会的な使命の重大さを、成員一人一人に徹底して認識させることだが、組織自体が法令や人倫に反することをしていたのでは、実効が上がるわけもない。
組織の成員は、その組織独特の「風紀・風土」に身を合わせて行くのであり、役職者の監視や説教より、むしろ組織の中枢である役員・幹部が、模範となればすむことだ。監査役だって、活用不足ではないか。
担当役員同士で集まっては話し合うのが好きな業界でもある。各社のコンプライアンス担当役員が集まって、一度、新聞特殊指定への業界の対応の可否を、真剣に論じ合ってほしい。
新聞は、新しい環境に自らを変えて対応する気力に乏しくなってしまった。インターネット時代の到来からやがて20年。携帯電話を行き交うメイルを含め、電子情報のテキスト全てが横書きになり、教科書も「国語」でさえ横組みになってしまったのに、1世紀半の縦組みから脱け出ない。
もうそろそろ、インターネットとの上手な付き合い方が生まれてよいはずだが、手元のディスプレイで読めて、切り抜き読みに非常に便利な産経新聞の「NetView」以外に、いまだに見るべきものがない。
本紙の購読契約に合わせて、記事データベースにアクセスする割引サービスを提供するとか、大正や明治の記事の電子データ化を果敢に試みるとか、記事本体の末尾にバーコードを付けて、紙面には収用しきれぬ判決全文のような情報を電子データで提供するとか、知恵はないのか。
広告が収益の柱なのに、今なお掲載広告の「インデクス」もない。販売面も、輸送・配達業務は別会社に統合して各紙を扱わせ、販促は各社が独自に行う自助・自立の時代だろう。
仲間内で語らって、強い者の力を借り、業界エゴで既得権益を守る時代は、もう終わっているのだ。=この項完。(;)

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