カリグラフィー2005年04月06日 07:38

 書道は筆と紙の産物である。西暦1世紀、中国は後漢の時代に紙や筆が製品化されて盛んになり、3~4世紀に確立した。日本にも伝来して平安時代に仮名文字の書を生んだ。
 カリグラフィー(calligraphy=英、calligraphie=仏)といって、西欧や回教圏にも文字を飾る技法がある。欧州中世のミニアチュールの文字装飾や、イスラームのコーランの書写に使われる手技がそれである。
 中国や日本の書道が、これらと最も違うのは、表意文字である漢字を「書く作法」であることだ。カリグラフィーが、もっぱら"職人"の手になるのに対し、書は知識人の教養の一端であり、その達人として書家がいる。
 書道の祖とされる王犧之(おうぎし。東晋、西暦4世紀)は、「意在筆前 然後作字」=意は筆前(ひっせん)にあり。しかる後に字(しょ)を作る=と奥義を述べている。何をどのように書くか、筆を執る前に心中にあらねばならぬ。書を形作るのはその後だ、という。表意文字の面白いところだ。
 表音文字しか持たない西洋人にとって、東洋の書は非常に神秘的に感じられるようだ。一般には、カリグラフィーと呼んでいるが、教養人は「Sho」とか「Shodoh」と呼ぶほどに関心がある。
 かつて、ニューヨーク・フィルのトロンボーン奏者だった、デーヴィッド・フィンレイソン氏と、夫婦同士のつき合いがあった。彼は、書についての関心が強く、演奏で来日した折りに食事を共にした晩、銀座で色紙を5枚も買ってきて、「何か書いてくれ」と押しつけられた。
 聞くと、前に双方共通の友人であるEに、請われるまま戯れに書いた漢詩が、Eの家に額装されて飾られており、「とても美しい。我が家にも書け」と譲らぬ。とにかく漢字が面白いらしい。
 頼まれると断れぬたちだ。遂に引き受けたら、「書を2枚、2人の息子の名を漢字で2枚に、1枚はロス用」と、なかなか抜け目ない。
 結局、王維の「渭城曲」と、確か陶淵明の「挽歌の詩」を楷書で書き、英訳を添えて献呈した。
 返礼に、ニューヨーク・フィルの名演奏集のテープが届き、愛車に常備している。件の書の方は、今ごろノミの市で好事家に叩かれているかもしれない。夫妻からの消息は、絶えて久しい。(;)